インプラント 大阪が一目瞭然
年齢が年齢ですので、もし手術で全部とってしまうとなると、外面的な変化が与える精神的ダメージが大きく、体力の低下した体への差し障りも心配されました。
母も「それはしたくない」というので、先生のご判断で放射線を訓回、許容量をかけていただくことになりました。
その放射線の効果が一応は出たのですが、すべてをとりのぞくところまではいかず、まだ多少がんが残っているとのことでした。
3月に退院してからは、2週間に1回、定期的に通院して耳の中の様子を見ていただいたり、CT検査を受けたりしていました。
そのころ、Sクリニックで「免疫細胞療法」をおこなっていることを聞いていましたので、残存しているがんの措置をどうしたらよいものか、相談にうかがいました。
E川先生の説明では、「首よりも上のがんは免疫細胞療法の経験が少なく、どこまで効果があるかわからない」とのことでしたが、少なくとも体全体に転移することを防ぐという意味では、母にとって最善の治療法と思われ、これを受けてみることにしました。
ただ、やはりふつうのやり方では、がんのある中耳に効率よくリンパ球が届きにくいのが難点でした。
先生には、横浜に血管内治療をおこなっているクリニックがあるので、それを併用してはどうかとすすめられました。
これは、Sクリニックでつくった活性化リンパ球を、横浜のクリニックまで運び、カテーテルを使って、がんのある耳の患部にいく動脈に注入するというものでした。
母はその方法を受け入れることにし、月に1回、Sクリニックに寄ってリンパ球を受けとり、その足で横浜に向かうというやり方を今日まで6回くり返してきました。
このようにして痛みはほぼなくなったので、効果はたしかにあったと思います。
母は、三半規管をやられて平衡感覚を失っていますので、いまも歩いているときにちょっと足元がふらつくことがあります。
さすがに自分1人で電車に乗るというようなことはできませんが、クルマでなら好きな音楽のコンサートに出かけられますし、親類や知人の結婚式に出ることもできます。
最初は血液をとって2週間のうちに培養し、リンパ球がふえて元気になったものを点滴で体へもどすという方法を、1クール(6回)おこないました。
ひじょうにマイルドでなんの副作用もない治療法ですので、母の体力もそれなりに回復し、なにかとても元気になってきたようにした。
家の中で編み物をするとか、お花を見に少し散策をするとか、庭で草取りをするとか、そういう一般の健康な高齢者となにも変わることのない生活ができるようになりました。
ただ、右耳の神経の上のあたりに腫傷があるため、口の右半分に、歯の治療で麻酔をかけたときのようなしびれがあるようです。
左半分は大丈夫なので食べ物の味はわかるといいます。
ある意味で、母は母なりに、私たちにはない不快感をずっと感じているのかもしれません。
免疫細胞療法と血管内治療をはじめて、いちばん大きな変化は痛みがなくなったことと、がん細胞の壊死したものが(小指の先くらいの量でしたが)、耳からぽろぽろと出てきたことでしょうか。
後者に関して、「それはたいへんな効果ではないか」と、いつもCTの検査に快く協力してくださる飯田橋の病院の先生もびっくりなさっていました。
がん自体は小さくなったといっても、いまも残存しているという事実はあります。
ただ幸いなことに、進行することも転移することもありません。
脳やリンパ節の近くに発生し、私たちが思った以上にけっこう深刻ながんであり、飯田橋の病院の先生方はずいぶん心配なさっていました。
とくに「風邪は絶対に引かせないでください」と何度も念を押されていましたので、私たちのほうがむしろ神経質になっていました。
それなのに母は、まわりが風邪を引いても体調を崩すようなことはありませんでした。
わが家はちょっと変わってるのかもしれませんが、母ががんだということを聞いたときも、極めて冷静で淡々としていました。
なにしろ、当の本人がまったくあっけらかんとしているものですから、私たちもあわてることもなく、「やったほうがよいと思うことはやりましょう」と対応してきました。
深刻に悩むより、むしろそれくらいの気持ちでいたほうが、体によい効果をもたらすのではないかと思います。
ふつうに生活できて苦痛がないというのは、母にとっても私たちにとっても、心休まることであるに違いありません。
免疫細胞療法プラス血管内治療。
この方法はいちばん効果があると信じて今後も続けようと思っています。
Eさん(子宮体がん)私は1997年夏に夫を前立腺がんで亡くしました。
その私に「もしや」の予感がしたのはその年の暮れごろです。
腰やおなかに痛みを覚え、同時に不正出血があったからです。
2月のはじめに、近隣の大きな病院の婦人科で検査を受け、「子宮体がん」と診断されました。
夫が亡くなってまだそれほど時間がたっていないころでしたから、がんに対する意識や不安がことさらに強く、たいへんショックでした。
不正出血がかなり強かったものですから、病気が周囲へひろがっているかもしれないといわれ、いろいろな検査を受けました。
ひじょうに不安でしたが、検査の結果、浸潤や転移は見当たらず、手術できるということになりました。
手術を受けたのは2月でした。
主人に次いで私までががんに侵されていたものですから、娘たちのショックも大きく、毎日せっせと病院に通ってきては、なにくれとなく尽くしてくれました。
手術が無事に終わったときには、私以上にホッとしたのではないかと思います。
手術で子宮を全摘しましたが、がんはそんなに小さかったわけではなく、子宮の筋肉のいちばん深いところまで達していました。
しかし周囲への浸潤はなく、リンパ腺への転移もなかったので、手術としては完全にとりきれたということでした。
専門的には「明細胞がん」という子宮がんの中でもかなり珍しい部類に入るがんで、一般の子宮がんよりも再発する確率が高いというお話でした。
そして再発を防ぐためには、抗がん剤と放射線の治療をおこなわなければならないということでした。
主人の場合も、私と同じように前立腺がんの手術でがんはすべてとりきれたということだったのですが、やがて再発し、再手術をしましたがふたたび再発し、やがてホルモン剤も抗がん剤も放射線も効かなくなってしまったのです。
E川先生とはもともと知人であり、まだSクリニックを開設なさる前の、試験的に活性化自己リンパ球療法をやっておられた時期でしたが、私としては手術後の再発予防のためにはぜひ、この治療を受けたいと思い、娘たちもすすめてくれていました。
そのため、E川先生から婦人科の主治医の先生に手術前から話をしていただき、手術でとったがんの一部や、がんの近くにあったリンパ節をE川先生のほうにいただいて、それを使って活性化自己リンパ球療法をおこなうのが、現状ではベストの免疫療法だろうということでした。
抗がん剤の副作用についてはもちろん不安がありましたが、再発を防ぐためには致し方ないと思っていました。
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